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12月19日(木)
 大宮20:00−川島IC−伊那IC−道の駅南アルプス村長谷25:00、「仮眠」埼玉で降っていた雨は、長谷では上がっていて、駐車場の乾いたところに仮眠用テントを張った。

12月20日(金)曇り
 道の駅8:00−柏木登山口駐車場8:15/8:45・・・松峰小屋15:30、6:00に起床。

朝食をとりながら共同装備を分け、身支度を整えた。空は曇っているが、雨の心配はない。柏木の駐車場は、積雪15p位。過去2回は、ここに積雪がなかった。今年は雪が多そうだ。柏木発は8時45分。3度目なので、先が少し読める。

W邊さんとM田さんは、重荷にもかかわらず早い。残りの5人は、ひたすら2人の踏み跡を追う。曇りの空から時折雪が舞い落ち、また樹に積もった雪が風で振りかかったりする。展望はなく、地図とGPSの情報で現在地を割り出す。

進んだ距離が増えてゆき、松峰小屋が近づくのだけが励み。S々木さんは夜勤明けで睡眠なしで出発したとのことで、重荷に睡眠不足が重なり、休憩時、ザックの上に横になったりしている。

先行2人の姿は全然見えないが、他のパーティーはいないので、踏み跡で二人の行動ははっきりしていて不安はない。松峰を回り込み、尾根に戻って少し下った鞍部に松峰小屋への案内標識がある。右の谷方向に100m下って小屋に着いた。

小屋の中で風が来ないので、テントの床の一部が小屋の床からはみ出したが、中にテントを張った。夕食はアルファ米とマーボー味噌。

疲れた体にアルコールも回り、予定通りの行動ができた安堵感に浸る。食後、翌日の行動を検討した。ここからピストンで頂上往復の記録もある。ここまで、重荷が応えた。

頂上往復ができれば、重荷で歩く帰りの距離が短縮できる。天気も良さそう。もし頂上に届かなくても、もう一日ある。そんなことで、明日アタックと3時起床を確認してシュラフに入った。温かいし、床は平らで寝心地は最高であった。が、夜中に目が覚めると、明日の計画が気になりだした。

雪が多い。頂上には行けても、過去の経験で、時間的に12時間は確実に必要。日が落ちれば、急激に気温は下がる。その中で、ヘッドランプでの下山はしたくない。

頂上に届かなかったとき、明後日また行く気力が起きるか。テントを上げた方が、登頂の確率は上がるのではないか。何よりも、無理に突っ込む危険も避けられる。

そんな思いで目がさえた。久しぶりのアルコールで動悸もする。「やはり明日は計画通りテントを上げよう。明朝それをみんなに伝えよう。」そう思って、また眠った。

12月21日(土)晴れ
 小屋6:45・・・2400mのピーク(2010年のテント場10:30・・・2356mの鞍部(テント)11:30

朝食時、夜半に考えたことを話すと、快く受け入れてもらえた。それで、今日の行程は余裕がある。ゆっくり朝食を済ませ、テントを撤収する。

張る時は気付かなかったが、小屋の中は煤だらけで、それがテントにも付着して手が真黒になった。

小屋から尾根までの急坂を登り返し、また膝くらいのラッセルをしながら進む。樹林の間から、鋸岳の一部が見える。樹に樺が混じりだし、2400mピークへの急登を登ると、西に中央アルプスの展望が開けた。千畳敷のカールや嘗てこの時期に登った空木岳が良く見える。

ここにテントとも思ったが、時間も早いので、もう少し進んだ。少し下り、鞍部に風の避けられる場所があり、そこの雪を均してテントを設営した。明朝暗いうちにも動けるように、1時間ほど空身で道つけに行った。

夕食時、明日の天気を知ろうとラジオをつけたが、電波が弱いみたいでよく聞き取れない。風のそよぎもなく、出発前、確認した好天の天気予報が当ることを祈って寝た。昨晩と異なり、寒かったが、身体を休めることはできた。

12月22日(日)晴れ
 テント5:15・・・2736mピーク9:15頃・・・頂上11:30/11:45・・・テント15:103:00起床。

外は静か。樹の間から星も見える。5時過ぎに出発。ラッセルを頑張ってきたM田さんが膝に違和感があるということで、テントに残った。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。樹の間から、わずかに月の光が漏れる。

ヘッドランプを消すと、星も輝いている。風はない。絶好のアタック日和。昨日つけた踏み跡をたどる。それがなくなり、少したつとうっすらと明るくなってきた。3時間ほどで、森林限界が近づき、2736mピークの登りとなる。

前々回苦労したところだ。胸を超すラッセルに行く手を阻まれ、安易に考え、ワカンを置いてきたことを後悔する。と、W邊さんが別のルートを登り出した。

どんどん高度を稼いでいく。で、W邊さんの後をみんなで追った。約1時間の頑張りで2736mピークに達した。そこから、落ちたら止まらないと思われる雪壁を慎重に越す。後は、傾斜も緩んだ、

所々クラストした雪面を詰める。馬の背からの登山道と合流したところで、風をよけて小休止。ポカポカ陽気。北沢峠から登ってきたのであろう、頂上に向かう登山者も見える。後方下に仙丈小屋。最後の詰め。歩を進め、顔を上げる度に、頂上がどんどん大きくなり、頂上が間近に迫っていることが分かる。

11時30分、目の前に北岳が飛び込んできて、頂上だった。

快晴。マイナス17度ということだが、風も弱く温かい。みんなで握手して、喜び合う。帰り、松峰小屋からピストンの予定で来たという、若い男女2人の登山者と会った。ラッセルの礼を丁重に言われた。

渋い地蔵尾根で感じのよい若者に出会えたことが、何となく嬉しかった。慎重に越してきた雪壁は声を掛けあって慎重に下った。

12月23日(月)晴れ
 テント7:20・・・松峰小屋10:30頃・・・柏木登山口駐車場13:00

4時起床。
撤収して下山。昨日同様の快晴。途中2400mのピーク(2010年のテント場)から北アルプスも見えた。

真っ白な穂高、そこだけ雪の着いていない槍の穂を持った槍ヶ岳。目を南に転ずると、塩見。その右には、一昨年登りそこなった恵那山が雲海の上に平らな頂上を見せている。

ここを見納めとして、ひたすら足跡を下った。邊さん一人先行していた。ところが、途中で足跡が2人分しかないことに気付いた。それが、昨日の若い男女のものとすると、W邊さんはどうしたのだろう。

不安になって、携帯で呼んだが、応答はない。不安のまま下った。結局車の所にW邊さんはいたのだが、足跡2つの意味は依然不明のまま。パーティーを分けるのはやはり不安がある。

所々に通過したことを示す目印をつけるとか、工夫も必要なのかもしれない。無事終わった。

さて、今回の山行ですが、M田さんが、SLと共同装備を担当、緻密な装備分担をしていただきました。さらに、この山行のために、訓練山行も企画していただきました。

羽竜さんもSL、私が気付かない細かいことをすべてカバーしていただき、お陰で、和やかな雰囲気で山行を通して保つことができました。

O川さんは個人装備、やはり緻密な装備表を作っていただきました。S々木さんは食料、軽量でしかもおいしい食事を考えていただきました。

H谷川さんは保健、メンバーの体調管理に気を配っていただきました。

W邊さんは、強靭な体力で、終始先頭でラッセルをしてくれました。

各メンバーがそれぞれの役割を自覚しつつ協力した上に、好天という条件が重なって、それで届いた頂上だったと思います。

メンバーの皆さん、それから、応援してくれた会員の皆さん本当にありがとうございました。(Zu.O記)

自分たちがつけたトレース

雪との戦い

O野隊長4回目で登頂

喜びでいっぱい

四年越しの仙丈ヶ岳地蔵尾根

山行実施日;12月19日〜23日
参加メンバー;Zu.O、Se.O、Ju.S、Sa.H、Su.M、Sa.H、G1