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文章を書くのは苦手なので、感想文は出したくなかったのだけれど、私を引き受けてくれた二人のリーダーと仲間に感謝を込めて、投稿することにした。

「恋ノ岐沢」に行くはずだった二パーティーが、銀山平から先の林道が崩壊補修工事のため入れず、急遽合流して「入道沢」に行くことになった。林道不通に関しては事前の調べでは分からなかった部分なので仕方ない。せっかくの三日間の休日でもあり、新潟まで来ていて天気も良いので、みんな「どこかには行きたい。」という気持ちが強かった。手持ちの資料を持ち寄って相談が始まった。結果は、移動可能で、リーダー二人がある程度状況が解っているという「入道沢」になった。私は、何処に行ってもお世話になることには変わりないのと、リーダーがこのメンバーでも何とかなると判断してくれたのだろうと、そのまま参加した。 

一日目
 途中で行き先を変更したこともあり、歩き始めた時刻が遅かったので、3〜4時間で一泊目となった。入道沢と古雪沢分岐付近。これだけ歩くだけでも経験や技術・体力にかなり差があることが解ったが、沢としては普通。枯れ枝や流木を集め、焚き火を囲み山談義に花が咲いた。

二日目
 だんだん谷が狭まり、急な登攀要素の増えた滝登りとなるとロープを出すことが多くなった。しかも今回は二パーティー合流して十人という大所帯。たぶん30b四段の滝だろうと思うが、越えるのに2時間近くかかってしまった。大仕事を終えた気分で見上げると、そこには大きな雪渓があった。「!」。夏も終盤のこの時期に、しかも今年は暑かったというのに、こんな大きな雪渓があるなんて。先駆隊が見てきたところ、この先は雪渓の上を歩く、その先はどうなっているか解らないという。時刻も四時近いということで二泊目となった。このあたりが核心部かと思った。

 体力・技術のある人達が多いので、私はかなり楽させてもらっていたのだが、きついといえばきつい。とにかく腕の力がないから、少しでも腕を頼って登るところがあるとすぐ疲れて力が入らなくなってしまうのです。他の人達は皆余裕だ。焚き火は今日も勢いよく燃え、目の前の巨大な雪渓を削ってロックを楽しんでいた。空は満天の星。

三日目
 核心部はこの辺だけ、ここを越えればあとはそれなりに登山道に入ると思いたかったのだが甘かった。朝早々傾斜のある雪渓の上を緊張しながら数10b歩いた先で、更に数bではあるが巾50a位で両側が切り立ったやせ尾根のような雪渓の廊下を渡った。続いて、巨大な雪渓のトンネルを抜けなければならないのだが、この不連続の雪渓の崖をどこから降りればよいのかというところから始まったのだ。やっと5b程の雪渓の壁の降り口を見つけ、今度は雪渓の下に入っていく。滴が雨のように落ちているトンネルの中の沢歩き。雪渓の崩落も想定して、少し距離を空けながら静かに、急いで、長いトンネルを抜けた。抜けてから振り返って見た雪渓は大きな船の舳先のように突き出ていて先端は薄くなっている。上からではそんな様子が解らないから、知らずにギリギリまで歩けば危険な状態だ。なるほど先端からは降りられないというのはこんな状態が解っていたのか。でも、なんて綺麗なんだろう。雪渓はスプーンカット状に模様が付き、その縁取りは黒く汚れてはいるのだが、溶けたり崩れたりして出来た、尖った割れ目や大規模なトンネルなどに荒削りの力強さを感じた。以前、知床で吹雪かれた翌朝に見たガラス細工のような繊細な雪の結晶の造形に感動し、今、大胆な力強い造形に感動している。繊細さと力強さ、緻密さとおおらかさを持った自然の造形を見るのが好きだ。そして、この大自然に畏敬の念を感じる。

 くぐり抜けてきた大きな雪渓越に深く切れ込んだ谷が見えた。その谷の両岸には瑞々しい緑の木々、そして、その向こうには抜けるような青空があった。巨大な雪渓の末端をこんな関わり方で見たのは初めてだし、切れ立った谷の深さを見たとき、体力も技術もない私が、こんな所にいるのは間違っていると思った。でも、間違ったからこそここにいいて、この景色を見ることが出来たんだなと、皆さんには迷惑を掛けているけれど、私はちょっと得した気分になっていた。

 ここから先も急坂の壁だったり、ルンゼだったり、それでも今日は登山道に出られると思っていたのだが、沢を詰めた藪と岩峰の境目付近で時間切れ。暗い中を歩くのは危険だし、この先は狭いからと「この辺でビバーク。」と指示が出た。

 少し戻ったところに少しだけ斜度が緩やかなところがあり、そこがこの日にタープ地となった。何といっても総勢十人。なかなかおあつらえ向きなところは無い。もう少しましなところも有ったのかも知れないが、たまたま私が止まった所は傾斜の有る千島笹の有る所でずり落ちそうだった。ビレー無しではきっと夜の間にその場からいなくなっていたのではないかと思った。心配は傾斜ともう一つ、昨晩もその前も夜に通り雨が有ったことである。天気は下り坂のはず、雨が降ったらどうなるのだろう。下にツェルトやマットなどを敷くと滑るから敷かない方が良いということだったから、雨が草を伝って流れてくるのではないか、タープを張ってくれたけれど、私は端だったので濡れるのではないかと心配だった。ザックと人間にビレーを取って、足にも力が分散するようにして寝たけれども、2時間おき位に目が覚めていた。時折タープが強い風に煽られ体に当たるのを、天気が変わるのではないかと心配した。目が覚めるたび見上げるとそこには満天の星空があった。こんなに沢山の星が有ったんだとしばし見入った。そして、もう少し体勢が楽なら良いのにと思いながら、この星空なら雨はまだ大丈夫そうとホッとしていた。幸いこの晩雨はなかった。

四日目
 朝、水の手持ちがわずかだったから、湯を沸かすわけでもなく、特に何もすることはないのだが、いつものように4時を過ぎる頃あちこちでごそごそし出した。私もカロリーメイト風の非常食を食べてみたが、水分が無いと飲み込めないものだということを知った。貴重な水を一〜二口含んで飲み込んだ。

 明るくなり始めた頃出発。まもなく登山道は見えたのだが、その間は千島笹の藪、藪、藪。藪の最後の数bの登りをみんな難なく登ったのを私はやっとの思いで登った。次々と握手を交わしたが、私の手の向きは下向きの幽霊状態。自分の体力のなさが情けない。でも、これで、あとは歩きさえすれば里に下りられると思うと気が楽になった。健脚パーティが先に下山して車を向こうの駐車場から回してくれた。有難う。大変だったけれど良い経験だった。また一つ貴重な思い出が出来た。  (Ky.T記)

 今回緊急ビバークになって、問題は水だった。二日目のタープ地には水は豊富にあった。その地を出発する際、雪渓が切れるところでうまくすれば水が取れるかも知れないが、ここから先は伏流水になってしまうかも知れないから水は持っていった方が良いという指示があった。みんな水は汲んだのだが、その先がそんなに長くなるとは予想していなかった。三日目に登山道に出られ、そうすれば遅くなっても下山できると思っていたから、出来れば身軽にしておきたかったので、それほど大量にはストックしていなかったのだ。

 雪渓のトンネルを通り抜ける際に、この先は水がないかも知れないから少しでも飲んでおこうと流れ落ちている水をすくって飲んでみたけれど、緊張していたのもあって飲んだ気がしなかった。そして、その後、全く水の取れる場所が無く、その夜ビバークに入ったとき、水の量は一人平均500_gだった。

 翌日登山道に出て登山地図に印の有った水場も涸れており、沢筋も湿っている程度で水は無かった。結果的に駐車場から30分位の所に水の出ているところがあった。清潔そうだったのと、少し流れも見え、冷たかったので伏流水の出口と判断して飲んだ。怪しんで飲まなかった人もいるが、未だに腹痛を起こすことも無く大丈夫そう。たぶん問題無かったのだと思う。先も見えていたし、この時点でまだ水は80_g位は残してあったが、それにしてもやっぱり水が少ないというのは心細いものだと水の大切さを感じた。  (Ky.T記)

入道沢

『上越・広堀川支流』

 間違いと冒険の狭間で〜