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鳥ノ胸山、高指山

 鳥ノ胸山(とりのむねやま・1207m)は裏丹沢の更に奥にある道志村の山。山梨百名山の一つで道志の道の駅「どうし」が登山口、短時間で登れそうだが、雪を踏んで登りたいのでこの時期に出かける。一方、高指山は山中湖の側にある1174mのハイキング的な山で、二度歩いていて富士山と山中湖の眺めが良いところ。山頂から富士山の朝焼け・夕焼けを撮りたいと思っていた。

 道志村へは交通の便がすこぶる悪い。時刻表を暫く眺めて少々危険をはらむ計画で出かける。富士急・都留市から日中二本しかないバスで道志村に入る。予定のバスの時間も冬時間に変更されていて、都留市で予定より50分遅れて出発する(調査不足)。唐沢に14時30分着、歩いて道の駅「どうし」へ着いたのが15時頃になってしまった。目の前に鳥ノ胸山が望める。山頂まで2時間位だが、カメラ機材と冬用テントでザックは20sを越えてしまい、途中の林道終点でテント泊とすることで、凍った林道を注意しながら進む。人家が無くなると除雪がされておらず、ザックの重さとラッセルで汗だくになる。16時30分頃林道終点にてテントを設営する。

 水作りから順次宴会を始める。山頂でのテント泊が出来なかったので、明日の山中湖行きバス、9時08分に乗車するために、4時半頃に出発、山頂を往復することで早々に寝袋に入る。(前記のバスに乗れないと、その日の内に山中湖へ行けなくなってしまう)

 真っ暗の中、懐電を頼りに歩き始める。この雪で当然トレースはない。基本は尾根道なので尾根を外さないように登る。雪で隠れた登山道らしきところを探し、所々にある赤府・赤テープを確認しながら高度を上げていく。林道を横切り更に急坂を登る。稜線にでると冷たい風が辛い。雪も膝くらいまで積もっている。細い尾根を少し下り、左側が切れ落ちている急なガレ場(雪で詳細は不明)を登り山頂かと思いきや、山頂は更に奥にあった。一度下り登り返してだだっ広い山頂があった。6時頃到着。西側が開けていて、眼下に道志村や道志道の明かりが鮮やか、正面には夜明け前の富士山が望める。翌日の高指山での朝焼けチャンスが有るので、カメラ機材は持ち上げなかった。デジカメで記念写真を撮り下山を始める。途中で朝焼け前の薄ピンク色の幻想的な富士山を眺める。デジカメでは撮れない(写らない)。

下りは早い、雪の上を滑るように下る。林道終点・テント場に6時50分に到着する。冷たい中で凍ったテントを撤収して林道を下る。道の駅に思ったより早く着く。バスを待つ間に漬け物などを道の駅に卸している、地元のおばさん達とストーブを囲んでしばし歓談する。今晩のつまみ「馬肉の燻製」を買う。予定のバスで山伏峠を越えて平野で降りる。近くのコンビニでお酒を仕入れて10時頃高指山へ向かって歩き出す。富士山を背に約1時間で高指山に到着する。テントの中から写真が撮れるように雪の斜面を均してテントを設営する。晴天の中で、カメラをセッティングして時たまシャッターを押す。雪の反射を顔中に感じながらチビチビとお酒が進む。馬肉の燻製もとても美味しい。夕焼けはシルエットの富士山が綺麗だった。水作りと暖房用にも使っていたガスの残量が残り少なくなった。寒い!

 夜半に風が出て富士山が雲に隠れていたが、朝にはきれいに晴れ上がった。お茶を飲み終えた後、朝焼けが始める前にガスは暖房で使い切ってしまった。楽しみにしていた朝焼け前の薄ピンク色の富士山は、東側の天気が良くなかったのか現れなかった。朝焼けも今一で、赤く色づかないままで終わってしまった。さらにカメラの電池を新品に変えなかった事もあって、寒さでシャッターが切れなくなる。また、起きたときは水だったのに、寒さでペチャンコ水筒一gの水が凍ってしまった。

 写真は諦めてテント撤収を始めた。とにかく寒い。バリバリに凍っているテントをそのままザックに詰め込む。そんな時に地面がドンと揺れた。
 ザックを押さえながら腰を落として周囲を見回す。立木も大きく揺れている。東海地震、いや首都圏直下地震か!(近くが震源地で震度五の揺れだったらしい)。二度目の揺れも大きかった。それでも何もなかったように人家の屋根の雪は落ちていなかった。平野からバスで紅富士の湯に向かい冷えた体を温める。残ったお酒を飲みながら、暖かい高速バスで帰る。

鳥ノ胸山・未明の山頂

朝の富士山

富士山の朝焼け・夕焼けが撮りたくて

山行実施日;2012.01.26-28
参加メンバー;Te.I